教員働き方改革に適したICT選定に課題山積

「公立小中学校教員業務のDX動向調査・分析」(2022年9月)

2022年09月29日

■ 校務支援システムのSaaS化率は4%に留まる
■ 働き方改革を進める自治体は、GIGAスクール構想で普及したSaaSを活用
■ 教員働き方改革の更なる推進に向け、校務支援システムもSaaS化が望まれる
■ 自治体、ベンダーとも校務支援システムの更なるSaaS化が必要

ICT市場調査コンサルティングのMM総研(略称MMRI、東京都港区、関口和一所長)は、2022年9月、公立小中学校および教育委員会を対象に定期的に実施する電話アンケートなど複数調査を分析し、教員業務のDX動向を分析した結果をまとめた。長時間残業の常態化に加え、必要な教員数を確保できない自治体が出るなど、公立教員の働き方改革は待ったなしで、解決手段としてICT活用への期待は高いが、教員の働き方改革に必要なICTツール選定の段階で、課題が山積している状況が明らかとなった。

校務支援システムのSaaS化率は4%に留まる

分析結果から、校務支援システムを導入している自治体は全体の70%であった。このうち、SaaS型の校務支援システムを利用している自治体は4%に留まり、オンプレミス型などパッケージのシステムを利用している自治体が66%であった。SaaS化の主なメリットは、教員のロケーションフリーな働き方を実現、ワークライフバランスの改善、物理サーバーが不要なためシステム運用の負担軽減、初期費用の低減などがある。民間企業では数多く採用されているが、学校の校務では利用が進んでいないことが明らかとなった。

◆従来型の校務システムでもクラウド化の議論が始まる
文部科学省は、2021年5月「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」を改訂し、校務支援システムの今後の在り方について、クラウドサービスの利活用を前提とするという方向性を示した。2021年12月からは校務情報化に関する専門家会合を立ち上げ、具体的な検討を進めている。校務支援システムをクラウド化するメリットは、教員がロケーションフリーな働き方を実現でき、ワークライフバランスの改善が見込めることを挙げている。現状では、多くの教育委員会の校務支援システムはオンプレミスとなっているため、子育てや介護などをはじめとする家庭の事情など、ライフスタイルに応じた柔軟なテレワークを実施できていない。クラウド化すれば、自宅をはじめ、学校外から校務支援システムにアクセスすることが可能になるため、教員のワークライフバランスの改善が期待できる。

◆ パッケージの乱立が校務システムのクラウド化を阻害
教員業務を処理する校務支援ソフトの種類と数を調査すると、ソフトウェア名の回答を得た827自治体で、39種類の異なるソフトが利用されている。県単位の共同システムという回答を含む上位8ソフトウェアで利用自治体の91%を占めるが、残り31ソフトが少数の自治体に利用されていることがわかる(データ2)。校務支援システムは、ソフト会社が個別開発から培った知見で、標準的機能を備えたパッケージソフトへの移行が進んだ。しかし、2010年代に進んだクラウド化の恩恵を受けておらず、自治体が機能毎に優れたソフトを複数使い分けていくなどの傾向はみられなかった。数自治体しか利用していない小規模なパッケージでは、ベンダーもクラウド化に踏み切るだけの投資をできない可能性もある。

働き方改革を進める自治体は、GIGAスクール構想で普及したSaaSを積極的に活用

一方、校務以外の領域ではSaaSの活用が始まっている。文部科学省は、「全国の学校における働き方改革事例集(令和4年2月)」を公開し、働き方改革に積極的に取り組んでいる自治体の事例を紹介している。この事例集で紹介された39自治体を働き方改革先進自治体とし、その他の自治体と比較した。その結果、先進自治体はその他自治体よりも、汎用クラウドサービスであるGoogle Workspace for Education(GWS)の利用率が1.4倍高かった(データ3)

GWSは、一昨年GIGAスクール構想で生徒・児童にChromebookと同時に配備されたが、文部科学省事例集では教員の業務効率化にも貢献していることが紹介されている。GWSは、チャット、ウェブ会議、学校やクラス単位のコミュニティSNS、ドキュメントや表計算ソフトの共同編集機能を持ち、学校運営に必要な情報共有を実現している。GWSのようにソフトウェアをインターネット上で利用できるクラウドサービスは、SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)と呼ばれる。先進的な自治体では、従来の校務支援システムで提供されていた機能の一部をSaaSで代替、もしくは拡張して、働き方改革に活用している。

教員働き方改革の更なる推進には、校務支援システムのSaaS化が望ましい

文部科学省では、校務支援システムのクラウド化の方向性として「汎用クラウドツールで対応できない、真に必要な機能に絞った上での校務支援システムのクラウド化」を目指すとしている。実現に当たっては、利便性とセキュリティを両立させる必要があるとし、具体的な在り方については今後検討するとしている。

MM総研は、利便性とセキュリティを両立する校務支援システムのクラウド化の在り方として、学校や自治体に最も適しているのは、SaaSであると考える。クラウドサービスには、IaaS、PaaS、SaaSの3種類のサービスモデルが存在するが、利用者にとって最も負担が少なく高度なセキュリティ対策を実現できるのがSaaSである。IaaSでは主に利用者がセキュリティ対策を実施、PaaSではクラウド事業者と利用者でセキュリティ対策が分割される一方、SaaSは主にクラウド事業者がセキュリティ対策を実施するため、利用者の負担が最も少ない。

また、SaaSには、前述のGWSのような汎用サービスの他に、特定用途に限定したサービスも多く存在するが、これらも、ユーザーが用途に応じたセキュリティレベルを示すことで、ベンダーがこれに見合った設定をして効果的な対策をすることができる。さらに、脆弱性診断やセキュリティ対策の更新、ケースによってはインシデント対応もベンダーに任せることができる。これらのメリットを考えあわせると校務に特化した支援システムもSaaSの利用が最も望ましいと言える。

自治体、ベンダーとも校務支援システムの更なるSaaS化が望まれる

MM総研が、自治体、ベンダーのSaaS化への取り組みを調べたところ、いずれも道半ばである現状が明らかになった。

◆自治体の約3割がSaaSに接続する教員パソコン予算を未確保
SaaSの持つ高いセキュリティを利用するには、SaaSに接続するための教員用PCを確保する必要がある。しかし、約3割の自治体が、教員用PCの予算を計画的に確保していない(データ4)

予算化が進まない背景は、教員用PCの配備原資が自治体財源であることが考えられる。GIGAスクール構想は、政府が大枠の配備指針を打ち出し財源を全額補助する、自治体は指針によるツール選定や持続可能な運用、展開方法を吟味するといった役割分担で、短期間でほぼ100%の基盤整備を実現したが、教員用PCはこの項目から漏れており、自治体によっては教員用PCの計画的配備が宙に浮いたままだ。

◆校務支援システムのサービス化に遅れ、SaaS化は上位7社中1社に留まる
また、校務支援システムで提供されている主要機能のSaaS化も遅れている。県共同システムを除く現校務支援システム上位7社のソフトウェア提供形態を調べると、主要な機能をすべてSaaSとして提供するメーカーは1社に留まることが明らかになった(データ5-1)

なお、国内では民間を中心に、SaaS、IaaS、PaaS などが該当するパブリッククラウドの利用拡大が著しく、パブリッククラウドの年間成長率は 20.3%とオンプレミス(プライベートクラウド)の成長率を大幅に上回っている。この成長率を牽引しているのが、先に述べたSaaSだ。 (データ5-2)

取締役研究部長の中村成希は「校務支援システムメーカーは、現在の規制にとらわれず、将来の教員の働き方に資するクラウド活用モデルを提示すべきだ。教育行政は、教員の働き方改革にクラウド技術を最大限に活かす前提に立てば、教員が活用を開始した汎用SaaSだけでなく従来の校務支援システムもSaaS型で提供しうる環境整備を進めるべきだ。特に可用性や機微情報を取り扱う部分を含むセキュリティ対策に関し、ベンダーとユーザーの責任分解点が変わりベンダー側の負担が大きくなることが予想される。ベンダー負担との兼ね合いでSaaS化できる、できないの2元論ではなく、セキュリティポリシーと照らし、教員がアプリを積極的に活用できるように許容し得るSaaS化の範囲について検討することが、その先のデータ活用を推進するうえでも重要となろう」と総括している。

 以上

 

<出所>

GIGAスクール構想実現に向けたICT環境整備調査(MM総研、2022年5月時点)

小中学校のGIGAスクール端末の利活用動向調査(MM総研、2021年10月時点)

GIGAスクール構想実現に向けたICT環境整備調査(MM総研、2021年2月時点)

国内クラウドサービス需要動向調査(MM総研、2022年6月時点)

GIGAスクール構想の下での校務の情報化に係る論点整理(中間まとめ)(案)(文部科学省、2022年8月)

教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン(文部科学省、2022年3月)

Guidelines on Security and Privacy in Public Cloud Computing(National Institute of Standards and Technology, U.S. Department of Commerce、2011年12月)

 

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