1000万台端末の円滑なリサイクルに向けて
~GIGAスクール端末の処分・リサイクルに関する調査
2025年06月27日
組織的に情報システムの管理をしてきた経験を持つ大企業や大規模自治体であっても、情報機器の処分時に情報漏えい事故は発生しうる。その象徴的な事例が2019年に発生した神奈川県庁の事例であり、個人情報を含む大量の行政データが蓄積されたハードディスク(HD)が処分時に転売され、外部に流出した。
MM総研は、過去の事故を踏まえ、約1000万台のGIGAスクール端末の入れ替えが本格化するなかで、端末処分・リサイクルに関する調査を行い、全国の教育委員会のための提言をまとめた。大量の端末が一斉に処分の対象となることは教育組織にとっても初めての経験である。端末処分の課題と対応策を、利用者である児童生徒や保護者への対応の観点と、処分における政府ガイドラインや企業の情報システム管理上のチェックポイントを踏まえ整理した。円滑かつ安全に持続的な端末処分を進められるように、調査提言が活用されることを期待する。
主な課題の抽出
① 教育委員会は、文部科学省が定めた教育情報セキュリティポリシーに関するガイドラインに則った情報漏えい対策を実施し、端末を適正に処分・リサイクルする必要がある。その際、児童生徒や保護者へ情報漏えい対策を説明し、理解を求めることも必要となる。
② 教育委員会は、安全な端末処分を実施するうえで、端末データが外部で復元されることを防止するため、具体的な排出方法を主体的に検討する必要がある(注1)。その際、Windows端末だけでなく、ChromebookやiPadの処分スキームも考慮する必要がある。
③ 再生や再資源化を委託する事業者(注2)の選定条件、実際の処分方法などポイントを踏まえた計画と運用が必要となっている。
注1)委託先の選定条件、監査や管理対象の範囲、運用のポイントを踏まえた端末処分が求められる。具体的には、第2期の端末調達計画の中に処分方法や時期、処分先を計画する必要がある。
注2)文部科学省は、資源再循環や環境負荷低減を考慮してGIGAスクール端末の自治体内での再利用の検討を促すほか、国内での適正な処理を実現するため、処分先を端末メーカー(資源有効利用促進法)や小型家電リサイクル認定事業者(小型家電リサイクル法)とするよう、教育委員会に協力を呼び掛けている。
調査要旨と提言
【保護者への説明や理解】
① 端末所有者である教育委員会が、処分時の情報漏えい対策の責任を負うことが大前提だが、7割もの保護者が、自らの子どものプライバシー保護のために学校の端末情報漏えい対策に協力する意向がある(データ1)。
② 学校への協力意向の背景として、家庭内でもデジタル機器に関する様々な利用指導が追いついていないという保護者自身の課題感があることが調査結果から示唆された(データ2)。
③ 保護者は、学校にICT(情報通信技術)の授業活用や学習効果だけでなく、機器の取り扱いや管理などを含む情報リテラシー教育も期待している(データ3)。
④ 9割の保護者は子どもにGIGA端末処分などをきっかけに、学校で機器処分時の情報漏えい対策を学んでほしいと考えている(データ4)。
【OS(基本ソフト)ごとの処分方法の違いを踏まえた政府ガイドラインへの準拠】
⑤ 教育委員会は、端末処分時の情報漏えい対策としてOSごとに効果的な対策が異なることに留意すべきである(データ5)。企業や自治体が排出するパソコンの処分では、Windows端末は原則としてOS標準機能以外に外部専用消去ソフトによる上書きデータ消去を必要としており、iPadはOS標準機能と専用消去ソフトを併用していることがわかった。ChromebookはOS標準の機能を使い、暗号化消去による安全な端末処分が可能であるなどの違いがあることがわかった。
⑥ 政府ガイドラインである「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」では、より安全で持続性あるICT環境を維持する観点から、データ復元防止について従来の方法に加えて暗号化消去を有効な手法の一つとして採用している(データ6)。同ガイドラインでは、廃棄を確実に履行するため、校内などで消去を実施し、教職員らが作業完了を確認するなど適切な方法で確認することを推奨している。
【処分委託先との連携、チェックポイント】
⑦ 教育委員会は第三者に処分を委託する場合も、組織内で自己防衛し情報漏えいリスクを下げる努力が必要であることがわかった(データ7)。企業や自治体の端末を処分する事業者への取材によると、大手企業や自治体からの端末排出でも、業界内では過去にWindows端末に搭載された記憶媒体を中心に、委託前の保管時や委託先への輸送時に端末紛失などによる情報漏えい事故や、MDM(モバイルデバイス管理)情報の解除忘れなどによる漏えい事故があったという。また、メーカー系事業者、企業向け事業者ともに、リスク削減の観点から、利用者が事業者への処分委託前に実施可能な上書きによるデータ消去や暗号化消去を呼び掛けていることも分かった。
⑧ 教育委員会が適正な端末処分を実行するには、処分先事業者の資格情報(注3)だけでなく、処理能力や情報漏えい対策設備、保管設備など実態能力を把握することが望ましい。下請けなどに再委託が行われる場合などは、再委託先の設備や実績にも注意を払う必要がある(データ8)。
注3)資源有効利用促進法に基づく処分事業者や小型家電リサイクル法に基づく認定事業者
調査結果
【データ1】GIGAスクール端末処分時における保護者の情報漏えい対策への協力意向
7割の保護者が、端末処分時の情報漏えい対策に協力する意向である
【データ2】 家庭内におけるデジタル機器の利用に関する指導状況
学校への協力の背景には、家庭でのデジタル機器の利用指導が難しくなっていることが考えられる
【データ3】 学校でのICT教育に対する保護者の期待
保護者は、学校のICT教育でのデジタル機器の取り扱いなどリテラシー向上も期待
【データ4】 GIGAスクール端末の処分は子供が安全な廃棄方法を学ぶきっかけだと考えるか
9割の保護者が学校で端末の安全な廃棄方法を学んでほしいと考えている
【データ5】企業や自治体が処分する端末のOSによるデータ復元防止の違い
OSによりデータ復元の防止方法や手順に違いがある。特にWindows端末は専用の上書き消去ソフトが必須となるケースが多い
[分析結果と提言]
- 企業や自治体職員の端末はWindowsOSが多く、パソコン処分時のデータ復元防止には、専用の外部ソフトが必要という認識が情報システム部門で常識となっていたが、Chromebookを利用する教育委員会はOS標準の機能でデータの暗号化消去を安全に実行できる点に注目をしたほうがよい。
- Windows端末やiPad※は、専用の外部ソフトを利用することから、端末処分時に自組織内部でデータ復元防止対策を完全に実施することは教育委員会にとって技術的、設備的なハードルが高いとみられる。
※iPadはOS標準添付機能と外部ソフト組み合わせて利用することが多い
- 外部ソフトを利用すると、上書きなどによるデータ消去実行の作業ログが自動で残るため、このログをもってデータ消去証明としているソフトが多い。第三者に消去を委託し、かつ、確実に作業実行結果を残したい場合は何らかの証明のために外部ソフトを利用するケースが多いが、作業費用に加えて別途ソフト利用料がかかるため、排出のための予算や費用額との兼ね合いを考える必要がある。
【データ6】 暗号化消去の採用動向

[分析結果と提言]
- 教育情報セキュリティポリシーに関するガイドラインに採用される暗号化消去に該当する機能として、3つのOSからそれぞれ、ChromeOSのPowerwash、iPadの設定ツールからの消去実行(技術的には、Secure Enclaveという独自の技術体系でApple社から説明されている)、WindowsOSのBitlockerが提供されている。
- ChromeOSで採用する暗号化消去機能は、dTPM(discrete Trusted Platform Module)と分類され、端末のマザーボードに組み込まれた独立した物理的な部品で構成される。Windows Bitlockerの暗号化消去では、fTPM(firmware-based TPM)と呼ばれるファームウエアに組み込まれたTPM方式が採用されることが一般的である。dTPMはCPUやOSとは独立した専用チップで実装するため、CPU内部のセキュア領域に起因する脆弱性やサイドチャネル攻撃のリスクを低減し、fTPMより高いセキュリティを実現するとされる。fTPMはソフトウエア的に(ファームウエアとして)実装されるため専用チップを利用するdTPMよりコストが低くなるという利点があるが、前述の攻撃リスクが高くなるデメリットがあると言われる。
- iPadのSecure Enclaveは物理的にアプリケーションプロセッサーを含むSoC(System on Chip)上に暗号化専用の物理領域を持つことで物理的に暗号化処理を切り離したdTPMに近い構成を取りながらCPUを含むワンチップ化によりコストの上昇を抑える取り組みをおこなっていると考えられる。
- Windows端末は、Bitlockerを利用していない場合、従来のデータ復元防止策である記憶装置全領域への上書きなどによるデータ消去が必要となる。GIGA第1期に技術周知が進まず、Bitlockerの採用が伸び悩んだという背景があり、教育委員会は自組織がBitlockerを採用しているのかを確認の上必要な対策をとることが望ましいと考えられる。
【データ7】 第三者への処分委託時における検討項目と留意点

[分析結果と提言]
- 学校で利用終了後、委託先に引き渡すまでの盗難紛失対策を考えておく必要がある。
- 保管時に、端末を雑に複数台重ねて保管し、充電が残ったバッテリー部に圧力がかかると、発火事故などにつながる恐れもあり注意が必要である。
- 再生事業者やメーカー系リサイクル事業者は、企業に対して引き渡しまでの情報漏えいリスクや、引き渡し後、物流会社での盗難紛失リスクを啓蒙している。リスク対策を強化する企業の中には、これらの処分事業者に、企業に赴いて、担当者の目の前で暗号化消去などのデータ復元防止策の実行や物理的な記憶装置の破壊を依頼するケースが増えている。
- 情報漏えい対策で最も危険なのは、委託先に作業だけでなく責任もすべて丸投げすることであり、自己防衛の意識を処分者が持っておくことが重要と考えられる。
- 企業や自治体の職員用Windows端末排出で最近多い事故が、企業のMDM解除忘れや、解除作業のミスに起因するものである。これがもとで市中に出回った再生パソコンに旧利用者の設定が残ることがある。正しく、記憶装置の全領域への上書きによるデータ消去をしてもMDMは設定が残る。このため再生事業者もMDM設定の解除漏れを気づけず、またMDMの解除も直接はできない。よって教育委員会はMDMの解除には特に注意を払うべきだと考えられる。
- ChromebookのPowerwashなど短い時間で簡単に実行できる暗号化消去は、現実的に学校内や教育委員会でも実行できる可能性があり、コスト削減にも、安全性向上にもつながり良いと考えられる。
【データ8】 処分委託先の実態調査における検討項目と留意点
委託先にとどまらず再委託などを含めて設備や実績を確認しておくことが重要。また実際の作業計画をプロセスに沿って確認し、実行可能性に踏み込んで確認しておくことも重要
【分析結果と提言】
- 情報漏えい対策は、委託先だけでなく委託する組織自身が意識を持って取り組むことも重要。
- メーカーリサイクル(資源有効利用促進法)の場合、利用者が責任をもって記憶装置の全領域への上書きによるデータ消去や暗号化消去などデータ復元防止をおこなうことを前提としている。そのうえでリサイクル工程でも盗難や紛失対策などを講じて情報漏えい事故のリスクを引き下げている。
- メーカーリサイクルの場合、メーカーによっては再生と再資源化両方に対応している。メーカー不問で受け付けることができる一般社団法人パソコン3R推進協会の場合は、再資源化のみを前提としている。
- 小型家電リサイクル事業者は、再生と再資源化の両方に対応しているが、その事業者が結果としてどのような処分をおこなうかを事前に確認しておくことが望ましい。また再生と再資源化でそれぞれ必要となる設備は異なる部分もあり、特に再生では具体的にどのような処理をおこなうのかを確認することが望ましい。
■調査概要
1:保護者の情報漏えい対策を含む情報リテラシーに関する意識調査
・調査対象:全国の公立小中学生の保護者
・回答数:4901人
・調査時期:2025年5月
・手法:インターネットによるアンケート調査
・主要な調査結果:データ1~4にまとめている
2:メーカー再資源化事業者及び国内エンタープライズ向け再生事業者に対する取材
①取材協力
・メーカー系事業者:東京エコリサイクル社の取材協力によりデータ7、8を作成
・再生事業者:パシフィックネット社の取材協力によりデータ5、7、8を作成
②取材時期:2025年5月上旬
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